森林浴―或る弟の手記―
三冊目
佐保里姉さんと嘉一さんが駆け落ちを決めた二日後、突然嘉一さんにくびが言い渡されたのです。
理由は知りません。
ですが、住み込みで働いていた嘉一さんは叩き出されるようにして、屋敷を追われたのです。
そして、七日後であった佐保里姉さんの婚儀がその日に早まったのです。
当然、白無垢などの準備も調わず、佐保里姉さんは身一つに近い状態で八王子へと送られました。
ですが、佐保里姉さんは何も言わずに屋敷を後にしたのです。
その時の佐保里姉さんの表情が目に焼き付いて、未だに消えません。
あれは一体、何の表情だったのでしょう。
そこから感情を読み取ることなど出来ず、ただ、何とも言えない表情をしていたのです。
そこに見えたのは「狂」であってのではないか、と今になって思います。
憎しみも恨みも、哀しみも寂しさも、全てを超越した感情。
それが「狂」なのです。