森林浴―或る弟の手記―
嘉一さんは私を本当の弟のように目をかけてくれました。
ですが、「坊っちゃん」という呼び方だけは直してもらいました。
確かに昔は、我が紫野家が嘉一さんを雇っていましたが、今は逆で、私が嘉一さんに雇って頂いているのです。
嘉一さんはそんなことを気にする素振りもなく、本当に私によくしてくれました。
それは、私が佐保里姉さんの弟だったからでしょう。
嘉一さんは今も佐保里姉さんを想っていると、私にだけこっそりと教えてくれました。
私も丁度その頃、気になる女性が出来たばかりだったので、嘉一さんの気持ちは分かりました。
相手は、嘉一さんの会社で事務として働く少女でした。
元々田町の遊郭で手伝いをしていたらしい彼女は、ふっくらとした頬が魅力的な可愛い少女でした。
一生懸命に働く彼女を、私はいつも目で追っていました。
ですが、彼女は私と目が合うと、ぱっと逸らしてしまうのです。
その姿は、昔の嘉一さんのようで、更に彼女を可愛く感じたものです。