森林浴―或る弟の手記―
そしてある日、本当に突然でした。
私は事務をしていた彼女、幸乃と親しくなっておりました。
親しくといっても、休日に映画に行ったり、お茶をしたりするような清らかな交際です。
ですが、幸乃は身分の差を気にしているようでした。
幾ら今は同じ職場とはいえ、私は元華族、幸乃は遊郭に売られるような貧乏な家。
それを遠慮してか、幸乃は少し距離を開けていました。
昔はどうあれ、今は互いに家族もおらず、同じ立場の人間です。
私は幸乃との結婚を望んでいました。
私の母はまだ入院していましたが、既に息子の顔も分からなくなっていたのです。
そして、重い病にかかり、医師からは長い命ではないと言われていたのです。
私はそれまでも欠かさずに見舞いには行ってはいましが、母と感じることは少なくなっていました。
そして、その病院に香保里姉さんが姿を現すこともなかったのです。