森林浴―或る弟の手記―
その日も母の見舞いの前に、幸乃とお茶をしていました。
二人のお気に入りの喫茶店は洋楽が流れる、珈琲の美味しいところでした。
いつも通りに他愛ない話に華を咲かせておりました。
僅かな間の手伝いとはいえ、遊郭にいた幸乃は話題も豊富で、何より話上手で、長い時間聞いていても飽きることはありませんでした。
そして、何の会話の流れだったかは忘れましたが、幸乃がこんなことを言い出したのです。
「修一郎さんは、遊郭にいたお姐さんにそっくりで、初めて見た時は驚いたわ」と。
その時、嘉一さんの言葉が蘇りました。
私の顔は佐保里姉さんとよく似ている、という言葉です。
私は直ぐ幸乃に彼女の名前を尋ねました。
すると、幸乃は驚いた顔をしながら、「紫乃」だと答えたのです。
勿論それは源氏名でしょうが、私は佐保里姉さんに間違いないと確信しました。
恐らく、旧姓を源氏名としていたのです。
幸乃は敗戦後も、帰郷出来ずに少しの間遊郭にいたとのことでした。
貧しい実家には帰れなかったのでしょう。
そして、嘉一さんが嘉子さんを引き取りに来た時、彼女の手伝いをしていた幸乃も一緒に引き取ってくれたそうです。