森林浴―或る弟の手記―
私は噂のついて回る栗原造園の名を、紫野造園に変え、心機一転で仕事に励みました。
従業員や家族を路頭に迷わせない為、嘉一さんが必死に興した会社を守る為。
がむしゃらに働きました。
そんな中で、幸乃とも約束通り結婚も果たしました。
幸乃は私に文句一つ言わずについてきてくれる、よく出来た妻でした。
佐保里姉さんもようやくショックから抜け出し、子供も育てていました。
幸乃はその手伝いもしてくれていました。
甥は私の名前を一字取り、修介、と名付けられました。
それは、佐保里姉さんが望んだことです。
我が子が、私のように、強く逞しい男になるように、と。
そうです。
私は戦後から今まで、どんな状況に於いても、踏ん張ってきました。
私も、修介にはそうなって欲しいと思いました。
佐保里姉さんのように、不幸に好まれる人生にはなって欲しくない。
修介が恵まれた人生ならば、佐保里姉さんも幸せになれると思いました。