失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
「なんでもいいので、強いのください」
バーに来ておいてこんな頼み方、失礼極まりない。顔なじみのバーテンダーの酒井さんも苦笑いだった。この店のオーナーでもある彼は同時に私の雇い主にもなる。
「はい、どうぞ」
それでも彼は何一つ言わず、ウィスキーのロックを目の前の一枚板でできたカウンターテーブルに音もなく置いてくれた。
ふと腕時計を見ると11時を回る所だった。
客も少なく暇なのか、酒井さんは洗いあがったグラスをトーションと呼ばれる白い上等な布で磨いている。
注文もないらしい。
それを良い事に私はグラスを次から次へと空けていった。
何杯飲んだか、覚えていない。でも、今までの人生(といっても成人してからの1年間)で一番飲んだのは確かだった。
なぜわかるのか、といえば。
人生で初めて、記憶が無い朝を覚えのないベッドの上で迎えてしまったから。