失恋レクイエム ~この思いにさよならを~

彼女の下の名は真弓、音楽大学の3年生の21歳。就職活動真っ最中だという。

よくよく見るとほんのり茶色味を帯びた黒髪は鎖骨の辺りまで伸ばされ、斜めに流れる前髪の下から覗く大きな瞳の端が少しだけ上を向いてとても印象的な子だった。
同い年といわれれば納得してしまいそうだけど、話してみると年相応の若さがある。

気付くと彼女は俺とほぼ同じペースでグラスを空けていた。
これだけ飲める彼女があの日吐いて記憶を失くすまで飲む…。一体何が彼女をそこまで追い詰めたんだろうか。

気にはなるものの、俺の口出す範囲じゃない。

彼女はよく食べて喋って笑った。
そんな彼女につられるように俺も笑った。


「羽賀さんの彼女さんて、どんな人ですか?」

なにかの話の流れでそう聞かれ、箸を持つ手が止まる。

「え、俺? 彼女なんていないいない」

「うっそだー」

「ホントだって。失恋真っ最中なのよ、俺」

極力暗くならないようにおどけて言ったつもりだったが、目の前の彼女は眉根を寄せて苦しそうな顔をした。

失敗した、かな。

職業柄、思ってることを表に出さないのは慣れてるはず…、あんま自信ないけど。そんな俺の心配も杞憂に終わり、彼女は笑顔でジョッキを持ち上げた。

「わ、奇遇~!実はわたしもなんですよー。仲間ですね、羽賀さん。失恋同盟結成しましょうっ。かんぱ~い!」

空になりかけのジョッキ同士のぶつかる音が、小気味良く響いて落ちかけていた気分をもう一度上げてくれた。

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