失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
その中で運の良い人はどこかの音楽教室の先生をやったり、教員免許を取っても教師の座にありつけるのは本当に極わずか。
ましてや音楽家などという職業で食べていける人というのは、何処か大きな楽団に入れたり、そうでなければ大きな賞を取ったりしない限り不可能に近い。
それでも生活できるわけではないのだ。
わたしの先輩たちもほとんどが全く違う職についているか、音楽教室の受付兼先生だったり、その収入だけではとても独り立ちはできないくらいの薄給だとぼやいていた。
あ、あと一番良いのは、お嫁さんになる事。
そうすれば、旦那の稼ぎで生活して自分は空いた時間におこづかい稼ぎ程度に音楽を続けられる、という合理的なやり方。
「まぁ、続けられたらいうコトなしですけど」
酒井さんにせがまれた最後の一曲を終えて吉沢さんはステージから降りた。
「おつかれさん」
「おつかれさまです」
「お粗末さまでした」
恥ずかしそうにチェロを抱えてカウンターまで来た吉沢さんはうっすら汗をかいていた。
「吉沢くん、一杯飲んでく?」
「あ、良いです。ってか俺次入ってるんで、失礼します。すみません、慌しくて」
ええぇーー!
1日にハシゴすんのー!?しかも今から!
「そっか、わかった。ありがとね。またこっちに来たときはよろしく頼むよ」
「こちらこそ、またよろしくお願いします。あ、時森さん、これ俺の名刺。機会があったらセッションでもしましょう。じゃ、お先に失礼します」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
吉沢さんは風のように去っていってしまった。
「相変わらずだなぁ、あの子も」
あっという間の出来事に、わたしはしばらく彼とチェロの消えたエリザの重たいドアを見つめていた。
と、立ち代りにまた開かれたドアから入ってきたその人に、わたしの目が釘付けになった。