失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
「河辺の次はお前かよ。俺の休憩返してくれ」
「あ、なにそれ人を邪魔者みたいに!ひどいなぁ、もう」

ぷんすか怒りながら皆川は自販機でいつものカフェオレを押す。
そろそろ戻ろうかと思った。
皆川もなんだかんだで、俺と二人っきりになるのは避けているみたいだし。
でも、皆川が椅子に座ったため、俺ももう少しだけ居ることにした。

すぐに立ったら避けてると思われそうで…、そうは思って欲しくなかった俺の意地がここに座らせているようなものだった。

ぷしゅっとプルタブを開ける音と同時に彼女の大好物のカフェオレの甘い香りが鼻をかすめ、鳩尾(みぞおち)のあたりがグッと締めつけられる。

ずっと見てきた。

彼女が…皆川が、彼氏である藤森課長に一喜一憂しているのを、俺はすぐ傍で見てきた。
半年以上も。
その度に俺は手を差し伸べたくなって、けれど出来なくて、見てることしか出来なかった。

わかってるんだ、彼女には課長しかいなくて、課長以外目に入らないって事。
それでもさ、やっぱりどこかで期待してしまう。
もしかしたら、別れるんじゃないかって。

そして、そう思う度に自己嫌悪に陥る。

彼女が幸せならそれで良い、なんて思えるほど俺は出来た人間じゃない。

失恋に一番の効き薬は新しい恋?

そうとは思えなかった。

結局、塗りつぶしてるだけなんじゃないのか。
一度描いた恋模様の上に新しいものを描いていく。
そして次から次へと塗りつぶしていくんだ。
けれど、そんなのは一時の凌ぎにしかならなくて、塗っても塗っても色鮮やかだったそれは浅い絵の具の下でも変わらぬ色彩を保って輝き続ける。

目には目を歯には歯を、なんて粗治療はしょせん粗治療でしかない。

「俺、もう行くわ」
「あっ、羽賀くん」

肩越しに振り返った俺に彼女は一瞬ためらった後言った。俺の目を真っ直ぐ見て。

「今度、同期のみんなでまた飲み会やろうと思ってるんだけど、来てくれる…?」

あぁ、そうか―――。

彼女の必死なその顔を見て、俺は気付いてしまった。

彼女が幸せならそれで良いなんて、カッコイイ事はこれっぽっちも思えないけれど、俺は、彼女を苦しませる事だけはしたくなかったんだ。

なのに、なんだこの有様は。

自分ばかりが苦しんでいると思う事で彼女を苦しめてるのは、この俺だった。彼女の優しさに俺はずっとつけこんでいたんだ。

「おっ、良いねー!行く行く!またはっきり決まったら教えてよ」
「うん、またメールするね」

俺の返事に安心したような表情を一瞬見せた皆川に息がつまりそうになる。
あまりの情けなさに俺は笑うしかなかった。



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