失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
計ったように、その日の夜谷津さんからメールが来た。

暇なら飲みに付き合って欲しい、と言うような内容だった。
少し前の俺なら確実に断ってたのに、この時どうしてか俺はOKした。

理由はいくつかある。

自分自身が飲みたかったのと、皆川のこと、それからメールの文章がなんとなく谷津さんらしくなかったから。
なんてまだ1回しか会ってないのにらしいからしくないかなんて言えることじゃないけれど…。

場所は俺の指定したエリザ。

谷津さんから俺より先に終わるから先に飲んでるとメールが入っていた。
少しの不安。
俺がついた頃にはもうでろでろになってたらどうしよう。
またあの酔っ払いの面倒はもうイヤだな…。
あぁ、なんか足が重い。

それでも今更ドタキャンなんて、それは人としてだめな気がして俺はしぶしぶエリザへと向かった。
重たいドアを開けると店内から静かにピアノの音色が聴こえてきて俺は反射的に店の奥にあるステージに目がいった。

時森さんだ。

今日も彼女は黒いシンプルなワンピースに身を包んでピアノを弾いていた。

ラッキー。彼女の歌が聴ける。

内心ガッツポーズをした俺はカウンター席に1人ひっそりと座る谷津さんの姿を見つけた。
シルバーのスーツを着た彼女の細い肩をふんわりとした照明が包み込むように照らしていた。

ふと俺に気付いた彼女が手に持っていたシャンパングラスを少し掲げて微笑んだ。
頬を上げて目が少し細まり、グロスの塗られた薄い唇が横に引かれる。

なんだ、そんな笑い方もできるんだ。

この前の彼女はずっと、どこか人と一線を引いているようななんとなく他人行儀な笑い方だったのを覚えている。
あぁ見えて実は人見知りだったりして。

「おっそーい」

前言撤回。

まだ知り合って2回目でこれは人見知りなんてありえない。
苦笑いだけ返して俺はジンライムを頼んだ。

今も耳にはピアノと久しぶりに聴く時森さんのハスキーな歌声がするするとはいってくる。俺の意識の半分以上はそっちに向けられていた。

「ここの子だったのね、あなたの彼女さん」
「だから彼女じゃないです」
「あなたにそのつもりがなくたって向こうがどう思ってるかはわからないわよ」

それは、ありえないと断言できる。
時森さんが失恋したばかりだとか、そういうんじゃなくて彼女の目を見ればそうでない事はありありとわかった。
彼女の黒い瞳の奥底に燻ぶっているのは別れた前の恋人への想い。

「…ごめんなさい。こんな事言うつもりじゃ…今日は楽しく飲もうって決めたのに…」
「別に怒ってませんって。…なにかあったんですか?」

俺の問いに谷津さんは答えず、グラスを空けて次の注文をする。

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