失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
ピアノは休む事無く立て続けに次の曲へと入る。
クラシックの優雅な旋律が漂い始めた。
9時13分。
演奏はいつも30、40分くらいだから、8時から始まったとしてもあと15分以上はある。
俺はジンライムを少しずつ飲んでいく。
生の演奏を聴きながら酒を飲める贅沢を知ったのもエリザで飲むようになってからだった。
「羽賀くん、失恋ってしたことある?」
ポツリと放たれた控え目な声。けれど、しっかりと耳に届いた。胸の中の暗い部分がかすかに軋む。
「…ありますよ」
「うっそ。そんな女に困らない顔してるのに?」
信じられないって目で振り向く谷津さん。
「あのねぇ、人をなんだと思ってるんですか」
彼女は「ごめんごめん」とくすくす笑った。
全然悪びれてないのは相変わらずだけれど、その笑顔の中にどうしても隠しきれない悲しみが見えてどうすればいいのかわからなくなった。
この隣に座る女の人は、俺に一体何を求めてるんだろう。
それを追求するには、俺たちの関係はまだ浅すぎる。
「わたしね…つい最近でっかい失恋したの」
谷津さんは自ら話しはじめた。
俺はそれをたまに相槌を交えながら聞くだけしかない。
「6年、付き合った彼に振られちゃってね…。理由がなんだと思う?もう好きじゃなくなった、よ。どうせ他に女が出来たのよって思ってたんだけど、彼、本当に独り身みたいなの。……それが、すごいショックだった。何それ、ふざけないでよって思った」
手に握ったワイングラスが揺れる。彼女の手は震えていた。
表情は髪によって見えないけれど、想像はついた。泣くのを必死で堪えてるんだと思う。
「わたしに、彼を繋ぎとめておく魅力がなかったって事でしょう、それ。そんなコトなら、いっそ女を作ってくれたほうが数倍マシだったわ…。まるで……、まるで全てを否定されたみたいで…」
泣くまい、と必死に堪える彼女の震える声が痛々しくて直視できずに視線を自分のグラスに戻した。
「それでわたし、この前の飲み会の後に羽賀くんに変な風に絡んじゃったの。あんな風に誘っちゃったから、遊んでるって思われても仕方ないかもしれないけど…本当はそんなコトないのよ。ずっと彼一筋で……、結婚するのも彼だろうな、ってわたし…別れる2,3日前までおもっ…」
最後の言葉は嗚咽となって消えた。
カバンから取り出したハンカチを目に当てて静かに涙を流す谷津さんに、俺は何一つ気の利いた言葉が浮かんでこない。
いつの間にか、ピアノの音が止み室内には有線のジャズが流れていた。一瞥したステージの上に彼女の姿はもうなかった。
クラシックの優雅な旋律が漂い始めた。
9時13分。
演奏はいつも30、40分くらいだから、8時から始まったとしてもあと15分以上はある。
俺はジンライムを少しずつ飲んでいく。
生の演奏を聴きながら酒を飲める贅沢を知ったのもエリザで飲むようになってからだった。
「羽賀くん、失恋ってしたことある?」
ポツリと放たれた控え目な声。けれど、しっかりと耳に届いた。胸の中の暗い部分がかすかに軋む。
「…ありますよ」
「うっそ。そんな女に困らない顔してるのに?」
信じられないって目で振り向く谷津さん。
「あのねぇ、人をなんだと思ってるんですか」
彼女は「ごめんごめん」とくすくす笑った。
全然悪びれてないのは相変わらずだけれど、その笑顔の中にどうしても隠しきれない悲しみが見えてどうすればいいのかわからなくなった。
この隣に座る女の人は、俺に一体何を求めてるんだろう。
それを追求するには、俺たちの関係はまだ浅すぎる。
「わたしね…つい最近でっかい失恋したの」
谷津さんは自ら話しはじめた。
俺はそれをたまに相槌を交えながら聞くだけしかない。
「6年、付き合った彼に振られちゃってね…。理由がなんだと思う?もう好きじゃなくなった、よ。どうせ他に女が出来たのよって思ってたんだけど、彼、本当に独り身みたいなの。……それが、すごいショックだった。何それ、ふざけないでよって思った」
手に握ったワイングラスが揺れる。彼女の手は震えていた。
表情は髪によって見えないけれど、想像はついた。泣くのを必死で堪えてるんだと思う。
「わたしに、彼を繋ぎとめておく魅力がなかったって事でしょう、それ。そんなコトなら、いっそ女を作ってくれたほうが数倍マシだったわ…。まるで……、まるで全てを否定されたみたいで…」
泣くまい、と必死に堪える彼女の震える声が痛々しくて直視できずに視線を自分のグラスに戻した。
「それでわたし、この前の飲み会の後に羽賀くんに変な風に絡んじゃったの。あんな風に誘っちゃったから、遊んでるって思われても仕方ないかもしれないけど…本当はそんなコトないのよ。ずっと彼一筋で……、結婚するのも彼だろうな、ってわたし…別れる2,3日前までおもっ…」
最後の言葉は嗚咽となって消えた。
カバンから取り出したハンカチを目に当てて静かに涙を流す谷津さんに、俺は何一つ気の利いた言葉が浮かんでこない。
いつの間にか、ピアノの音が止み室内には有線のジャズが流れていた。一瞥したステージの上に彼女の姿はもうなかった。