失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
すべて流してしまいたい
来てはいけないとわかっていたのに、来てしまった。
来ても何も変わらないってわかっていたのにいてもたってもいられなかった。
「せんせ…」
わたしを選んでくれなかった目の前のこの人が憎いとすら思うのに…それ以上にわたしはこの人が好きで好きでたまらない。
「どうして…来たんだ」
ドアを開けて迎え入れてくれた先生はいつもの先生らしくなく髪を乱してしわだらけのシャツを着ただらしない身なりだった。そしてふわりとお酒の臭いもした。
そして、ぼさぼさの髪を鬱陶しそうにかきあげた左手の薬指にはめられた指輪が光った。
「噂を…聞いて…それで…」
それで…なんだっていうのよ…。
昨日参加した飲み会でK大学の人たちが噂していた話がずっと頭から離れてくれなくて、いてもたってもいられなかった。大事なエリザの演奏さえも上の空で、せっかく羽賀さんが来てくれてたのに、お礼も言わずにエリザを後にしてしまった。
あの噂と先生のことが頭を支配していた。
『もし高嶋教授を敵に回したりしたら、その人はもう一生この世界ではやっていけなくなる。そう言われてるくらい、幅利かせてるのよあの先生』
『だから、前田先生も高嶋教授の娘との結婚を断れずに、無理やりに違いないって…あ、あくまで噂よ噂』
確かにただ単に周りが囃し立てた噂かもしれないけれど、話題の高嶋教授というのはこの音楽界ではかなり名の通った人物であるのは本当だった。
そして先生の大学の時の恩師だというのも事実だった。
先生は…教授の娘との結婚を選ばざるを得なかった…?
イヤイヤだった?
――だったとしても、何も変わらない。
そう、何も、変わらない。
事実はただ一つ。
結局は私を選んではくれなかったんだもの。
どうしたら、良いんだろう。
一方的に切り捨てられたこの思いはどうしたら良いんだろう。
どうすべきなんだろう。
止まない雨はない、なんてそんな事を信じられるほどこの傷は浅くない。
忘れられない。
声を聞いただけで、わたしの胸は3ヶ月経った今でもこんなに締め付けられるというのに、どうやって忘れろというのだろう。