失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
蛍光灯の下で光る茶色い髪が目に付いて、次に大きな二重の瞳。

「あ…」

そうだった、わたし……。

「いつから居た?こんなところに!…危ないだろ、夜にこんな所に独りで座って、しかも寝てるなんて何考えてるんだよ」

グイッと両肩をつかまれて無理やり立たされ、羽賀さんの腕に支えられた。
体中が固まったようにぎしぎし痛い。
どれくらいの時間が経ったのか感覚がまるっきしない。
ガチャガチャと鍵を乱暴に開けると羽賀さんは私を部屋の中に押し入れた。
振り払うようにヒールを脱ぎ捨ててわたしは部屋にあがる。

羽賀さんの部屋。
まだ数えるほどしかきた事がないのに、部屋の仕切りとかテレビの位置とかテーブルとかティッシュの場所とか見なくてもわかってしまいそうなくらい把握していてまるで自分の家みたいな感覚。

後ろでドアが閉まるのを感じながらわたしはカーペットの上にへたり込んだ。

気付いたら、ここに来ていた。

ここしか思い浮かばなかった。

だって…、先生とわたしの事を知ってるのはこの人だけなんだもの。

両手が震えて冷や汗がにじみ出て、身体の奥がすくみ上がる。
寒さに震えているのかそれともこの言い表す事のできない胸の中にあるモノのせいか。

ひた――、と頬に手のひらの感触。

顔を上げると目の前に羽賀さんがしゃがんでわたしの顔を覗き込む。
こげ茶色の瞳が不安げに揺れていた。

「こんなに冷えて…」

『真弓』

声が…、先生の声が…耳に纏わりついて、離れない。

『真弓、ひどいことしてすまない』
『大学以外で君と会うのはもう今日で最後だ』

「うっ、あ…あぁ…」

目の前の羽賀さんに形振り構わず抱きついた。首っ丈に両腕を回して、子どもみたいに縋りつく。

『すまない』

立ち尽くして動けないでいるわたしに、先生は背を向けてもう一度言った。
それはまぎれもない別れの言葉だった。

「羽賀さ…」

震える声を無理やりしぼって、言った。

「私を、抱いて…ください…」

言った瞬間、彼の全身が硬直したのが触れ合う身体を通して伝わる。それでも、とめられない。

「お願い…も、限界なの」

なにもかも。

わたしに纏わりつくあの人の全てを全部、全部、流してしまいたい。

そんな事できるなんて思ってない。

それでも、塗りつぶせるものなら塗りつぶしてしまいたくて、あの人とは違う香りに頬をすり寄せる。

ゆっくりとためらいがちに伸びてきた羽賀さんの腕が、わたしの身体を優しく包み込んでくれた。
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