失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
井の中の蛙大海を知る

「ん~~」

なんかいつもと違う…、と違和感を覚え目がさめた朝。
伸びをする俺のすぐ横に時森さんの寝顔を見つけて心拍数が跳ね上がった。

そうだ、昨日…。

一瞬にして昨日の事が頭の中に浮かんできて俺の顔を熱くさせると同時に胸を締め付ける。

仕事から戻った俺を迎えたのは玄関の前に座る時森さんだった。

こんなしんしんと冷える夜に彼女はコンクリートの上に座り壁に背を預け、あろう事か寝ていた。
彼女の肩を揺すった際に目尻からぽた、と零れ落ちていった涙。
頬に残る涙の跡から泣き疲れて寝てしまったんだろう。

『抱いて…ください…』

もう限界だ、と言った彼女の気持ちが俺の中で弾け、飛散したガラス片は内部から俺を切りつけて、ずっとピンと張り詰めていた想いの糸を断ち切った。

もう、限界なんだ。

なにもかも。

そう、想い続けることも、届かないことも、傷つき傷つけることも、諦められないこともなにもかもが限界なんだ。

彼女の性格を知っているからこそ気付いてしまった傷の深さ。
何があったのか聞く間さえなく子どものように抱きついてくる彼女を俺は振り切れなかった。
それでも、身を削るような彼女のその願いを聞き入れることが出来なくて、彼女を抱きとめたまま動けずにいる俺の胸を時森さんの腕がそっと押す。

涙で濡れた瞳が俺を見上げ、それに吸い込まれるように近づいていく距離。

そして、触れた唇。

リアルに思い出せる昨日の出来事に顔が火照る。

そういえばキスしたのなんて久しぶりだ…。なんてどうでも良い事を思い出したりして恥ずかしさを紛らわすも、隣で眠る時森さんの存在そのものを意識してしまっては意味がない。

と、俺はそっとベッドから抜け出して風呂場へと逃げ込んだけれども、結局シャワーを済ませ家を出るまで時森さんは目を覚まさず、起こすのもかわいそうだと思い俺は置手紙だけして仕事に行った。

昨日の今日で顔を合わせずに済んだ事に少しホッとしつつも、不安が残る。独りにさせてしまって大丈夫だろうか。

また、独りで泣いているんじゃないだろうか。

昨日、俺のとった行動は、間違ってはいなかっただろうか、と。

いくら考えてもどうすることもできず、仕事にも集中できないままに昼休みになり携帯を開くと、一通のメールが入っていた。差出人は時森さん。

内容は昨日の事に関するお詫びとお礼、それと意外にも次の約束だった。自然と頬が緩む。携帯を閉じれば、さっきまでの不安が嘘のように消えていた。


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