失恋レクイエム ~この思いにさよならを~


「皆川…」

 ぽつり、とそうつぶやいた羽賀君は私の肩越し、入り口の方を見ていた。

「誰?知り合い?」

振り返ろうとしたところ、「羽賀くん?!」と驚いた声と気配がして見上げれば小柄な女性が私たちのいるテーブルに近づいてきていた。

「珍しいな、お前がこんな方まで来るなんて」

羽賀くんの言葉にあいまいな相槌を打つ彼女の横顔が見えた。肩につくかつかないくらいのボブヘアにかけられたウェーブがなんともかわいらしくて、くりっとした大きな目に整ったその顔立に、女の私でもドキッとしてしまった。

その子がちらっと私の方を見たので会釈を交わす。
口を開きかけたところでまた入り口から店員のいらっしゃいませの声に彼女ははっとして体ごと振り返った。

暖簾をくぐって入ってきた長身の男の人は、なんというか、もう、一目見ただけで“かっこいい”いい男。
駆け寄ってきた皆川さんを見るその目で二人の関係は瞭然、付き合っているのだとわかる。

「課長、お疲れ様です」

羽賀くんが椅子から立ち上がって軽く会釈をすると、課長と呼ばれた彼は片手を挙げてそれに応えた。

「おぉ、羽賀。お疲れ。こんな所でうちの社のヤツに会うとは思わなかったなぁ」

少し困ったようなそのセリフと羽賀くんの二人を見つめるなんとも言えない表情にすべてが繋がる。

なるほどなるほど。

羽賀くんの失恋相手はこのカワイ子ちゃんで、このイケメン課長とカワイ子ちゃんはみんなに内緒の社内恋愛。
で、羽賀くんは二人が付き合ってることを知ってる身内の一人。

面白いくらいにつながったピース。

羽賀くんの置かれた環境は辛すぎる。

失恋しただけならまだしも、彼氏が会社の上司だなんてあんまりだ。
しかも超絶イケメン。

「お客様…ただ今満席ですので、少しお待ちいただけますか?」

店員が申し訳なさそうに二人にそう言い、入り口にある待ち客用の椅子を勧めるのを遮るように私は二人に相席を進めてみる。

「でしたらご一緒しませんか?ここ4名席だし」

目の前の羽賀くんがぎょっとした目で撤回しろ、と訴えてきてるけどそんなの無視して得意の営業スマイルをイケメン課長とカワイイ子ちゃんに向ける。

「羽賀、こちらの方は?」
「あっとー…」
「あ、いけない、名乗りもせずにすみません。わたくし谷津と申します」

こんなところでなんかなーとも思いつつ、自己紹介するのも面倒だったから名刺を取り出して二人に渡す。
なんだかお客様とのやり取りみたくなっちゃったけれど、この方が楽でいい。
私も差し出された二人の名刺を受取る。藤森課長に皆川真琴ちゃんね、と頭にインプットさせた。

「立ち話もなんですし、そちらさえ良ければどうぞ」

と二人が断る隙を与えずに私はさっと羽賀くんの隣に席を移動した。
羽賀くんが何も言えずにあたふたしてるうちに二人は「じゃぁ…」と私たちの向かい席に腰を落ち着けてしまう。

「へぇ、I社のショールームにお勤めなんですか」
「えぇ、最近T社と合併してもう大忙しで」
「そうでしたね。それでもT社は完全にI社の子会社になったんですよね?」

さすがというべきか、内心で藤森課長に感心を覚えた。たとえ他社であっても業界内の動きを把握するのは当たり前だけれどもそれにしてもなかなかのものだ。羽賀くんから課長の話は耳にしていたけれど、これは想像以上に切れ者かもしれない。

「そうです。会社方針などはほとんど変わらないんですけど、まず商品の品数は増えるし取引先も増えるし、で覚えることがたくさんできてしまって…入社したての頃を思い出しました。まぁ、うちが吸収されなかっただけマシって思っています。…ヤダ、仕事の話はやめて今日は楽しく飲むんだった」

挨拶程度に仕事の話を切り上げたところで、ずっとニコニコと藤森課長の隣で話を聞いていたカワイ子ちゃんがおそるおそるといった感じで口を開く。

「ところで谷津さんは羽賀くんとは、その…どういうお知り合いなんですか?」

この子…イイ子なんだろうな、と漠然と感じた。
羽賀くんが好きになった子だから、きっと優しい子なんだろうな、と。
でも、羽賀くんみたいな人を振るなんて馬鹿な女、とも思う。
大きなお世話だろうけど、いつまでも引きずってる羽賀くんにイラついてきて、気づいたら口からデマカセ。

「元々知人を通して知り合ったんですけど、なんだか意気投合しちゃって」

ぎょっとしてこっちを向いた羽賀くんに「ね」と同意を求めるように完璧な笑顔を作った。

もういい加減、あきらめなさいよ。忘れなさいよ、こんな女のこと。
あんたじゃ藤森課長には勝ち目ないって。

仲睦まじい二人をそんな目で見て、傷ついてる羽賀くんなんて見たくないもの。

「えっ、じゃぁ…付き合ってるんですか?」

 身を乗り出すようにしてそう聞いてきたカワイ子ちゃんの顔が期待に満ちていくのを見ながら私は苦しくなった。


まるで羽賀くんの苦しみが伝染したみたいだった。

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