失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
◆
あの日から数週間が経ち、先生が入籍したという情報が学部内に広がった。
そして、その次の講義の時にはクラスみんなでお金を出し合って買った小さなプリザーブドフラワーが先生に渡された。
もちろん、そこにわたしも居た。
先生は少しはにかみながらそれを受取ってみんなにありがとうと言った。
生徒からの祝福に先生は心から喜んでいるように見えた。
「ねぇ、もう吹っ切れたの?」
学食で食事中、向かいに座った結衣が言ってきた。何のことかと首をかしげるわたしに彼女は呆れた顔を見せる。
「元彼のことよ。その調子じゃ吹っ切れたみたいね」
「あぁ」
「新しい彼氏でもできたの?」
「出来ないよ~。ちゃんとお別れしてきただけだよ」
そう、実は講義の少し前、わたしもお祝いの花束を手に先生のいる教授室へと足を運んでいた。
踏ん切りをつけるために。
他の先生が授業の時を狙って誰もいないそこで私は先生に花束を渡した。
残るものはさすがにダメだと思って結局生花にした。
「前田先生、ご結婚おめでとうございます」
まさか会いに来るなんて思ってなかったみたいで、先生は少し面食らいながらもちゃんと受取ってくれたおかげでわたしは最後の一歩を踏み出せた。
「まゆ…、時森…この前」
「もうこれで終わりにしますから」
先生の言葉にかぶせるように言った。
何も言えない先生の目をまっすぐみて、言った。言えた。ちゃんと、言えた。
「わたし、先生と出会えてよかったです。先生の事先生として尊敬しています。まぁ…人としてはちょっと…って感じですけど?」
「えっ」
「あはは、冗談です。――先生、これからも先生の生徒でいさせてください」
お願いします、と頭を下げたら床にぽたりと一滴落ちて飛び散った。
先生と生徒。
元の関係に戻る。
たったそれだけの事なのに、ずいぶん時間がかかってしまった。
重ねてきた日々が次々と胸の奥底からこみあげてくるのを必死に抑えて声を振り絞る。
「それじゃ、もう行きますね。失礼しました」
扉に手をかけて去るわたしの背に先生の声が届いた。
「ありがとう」
わたしは振り向かずそのまま教授室を後にした。
ちゃんとした別れの言葉を自分の口から言う事で、心の中が随分変わったと思う。
一つの儀式のように気持ちに一つの区切りがついたみたいだった。
「真弓が引きずる相手って想像できないなぁ。よっぽどいい男だったの?」
目を丸くして真剣に聞いてくる結衣。
「ちょっと、なんで笑うのよ?」
あなたも良く知ってるあの鬼の前田ですよって言ったらどんな顔するかな。きっと今より目を真ん丸にしてびっくりするんだろうなって想像したら吹き出しちゃった。
「ごめん、ちょっと思い出し笑い。私ってそんなさばさばして見える?」
「んー、そうだねー。去る者は追わずって感じ?」
「ちょっと、それ酷いよ結衣―」
「嘘だって。…けど、良かった」
「え?」
お箸をおいて結衣がまっすぐわたしを見つめる。
「やっと元の真弓に戻った感じ」
「結衣…」
そう言って微笑む結衣の優しさが胸にじわぁっと広がっていく。その温かさに不覚にも泣きそうになった。
「ありがとう」
ごめんね、結衣。心配かけてばっかりで。
あの日から数週間が経ち、先生が入籍したという情報が学部内に広がった。
そして、その次の講義の時にはクラスみんなでお金を出し合って買った小さなプリザーブドフラワーが先生に渡された。
もちろん、そこにわたしも居た。
先生は少しはにかみながらそれを受取ってみんなにありがとうと言った。
生徒からの祝福に先生は心から喜んでいるように見えた。
「ねぇ、もう吹っ切れたの?」
学食で食事中、向かいに座った結衣が言ってきた。何のことかと首をかしげるわたしに彼女は呆れた顔を見せる。
「元彼のことよ。その調子じゃ吹っ切れたみたいね」
「あぁ」
「新しい彼氏でもできたの?」
「出来ないよ~。ちゃんとお別れしてきただけだよ」
そう、実は講義の少し前、わたしもお祝いの花束を手に先生のいる教授室へと足を運んでいた。
踏ん切りをつけるために。
他の先生が授業の時を狙って誰もいないそこで私は先生に花束を渡した。
残るものはさすがにダメだと思って結局生花にした。
「前田先生、ご結婚おめでとうございます」
まさか会いに来るなんて思ってなかったみたいで、先生は少し面食らいながらもちゃんと受取ってくれたおかげでわたしは最後の一歩を踏み出せた。
「まゆ…、時森…この前」
「もうこれで終わりにしますから」
先生の言葉にかぶせるように言った。
何も言えない先生の目をまっすぐみて、言った。言えた。ちゃんと、言えた。
「わたし、先生と出会えてよかったです。先生の事先生として尊敬しています。まぁ…人としてはちょっと…って感じですけど?」
「えっ」
「あはは、冗談です。――先生、これからも先生の生徒でいさせてください」
お願いします、と頭を下げたら床にぽたりと一滴落ちて飛び散った。
先生と生徒。
元の関係に戻る。
たったそれだけの事なのに、ずいぶん時間がかかってしまった。
重ねてきた日々が次々と胸の奥底からこみあげてくるのを必死に抑えて声を振り絞る。
「それじゃ、もう行きますね。失礼しました」
扉に手をかけて去るわたしの背に先生の声が届いた。
「ありがとう」
わたしは振り向かずそのまま教授室を後にした。
ちゃんとした別れの言葉を自分の口から言う事で、心の中が随分変わったと思う。
一つの儀式のように気持ちに一つの区切りがついたみたいだった。
「真弓が引きずる相手って想像できないなぁ。よっぽどいい男だったの?」
目を丸くして真剣に聞いてくる結衣。
「ちょっと、なんで笑うのよ?」
あなたも良く知ってるあの鬼の前田ですよって言ったらどんな顔するかな。きっと今より目を真ん丸にしてびっくりするんだろうなって想像したら吹き出しちゃった。
「ごめん、ちょっと思い出し笑い。私ってそんなさばさばして見える?」
「んー、そうだねー。去る者は追わずって感じ?」
「ちょっと、それ酷いよ結衣―」
「嘘だって。…けど、良かった」
「え?」
お箸をおいて結衣がまっすぐわたしを見つめる。
「やっと元の真弓に戻った感じ」
「結衣…」
そう言って微笑む結衣の優しさが胸にじわぁっと広がっていく。その温かさに不覚にも泣きそうになった。
「ありがとう」
ごめんね、結衣。心配かけてばっかりで。