失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
****
「ひさしぶり」
やっと話せた私の好きな人。ステージが終わって、エリザの外で待ち合わせ。ビルの立ち並ぶ裏路地。ビルの隙間からは星がそこはかとなく輝いていた。
「お久しぶりです」
「今日のステージ、すごくよかったよ。素敵だった」
「ありがとうございます。でも・・・今日は、拍手してくれませんでしたね」
「えっ…知ってたの…?」
「酒井さん・・・・エリザのマスターから聞きました」
「うわ、ちょーはずい」
心底参ったような声で言う羽賀さんのそれは、精一杯の照れ隠し。ちょっと下をむいて頭をかくのは照れてる時の癖。
久しぶりに話すのに、羽賀さんの優しさも相変わらずで、あたたかいものが胸にこみ上げてくる。
「私、あの頃、歌もピアノもスランプで、すごい悩んでたんです。ステージに立つのも躊躇うくらい苦しくて苦しくて・・・・。やめたら楽になるかなーとか逃げるほうに考えてばかりいて」
そんな時に、私の歌に拍手を貰えて、続けてて良かったって。
「あの時、私は確かにあの拍手に救われました」
歌うことの意味を見いだせた。
誰かの心に届けたい。そんな音楽がやりたい。そう思わせてくれた。
「その拍手が羽賀さんだったって、実は今日知ったんですけど。すごく、嬉しかったです」
優しいまなざしで、ずっと話を聞いてくれていた羽賀さんが、口を開いた。
「それで、最後の曲」
「はい」
同じ曲を選んだ。『あなたのそばにいたい』という願いの込められた歌詞が印象的な曲。私の大好きな曲でもあった。
「恥ずかしながら、拍手したときの俺は失恋直後で・・・あの曲が身に染みたっていうか、すごい悲しい気持ちだったんだけど・・・、今日は、また全然違った」
どう違ったのか知りたくて、羽賀さんの言葉を待つ。
お互いの吐く息が、白く消えていく。
「時森さんの、そばに居たい」
それは、真っすぐに私に届いて、それからゆっくりと意味を伴って心に広がっていく。
あ、ダメだ。
そう思ったときには、涙が零れ落ちた。
「迷惑、だったら・・・」
「迷惑じゃないです・・・けど・・・」
「けど?」
「それって、友達として、ですよね・・・?」
谷津さんの顔が浮かんで、苦しい。
手の甲で涙をこすった。
「えっと・・・時森さんさえ、嫌じゃなければ、恋人として」
「え・・・、だって、彼女さんは・・・?」
もしかして、別れたの・・・?
「え?彼女?俺、彼女居ないけど・・・」
「谷津さんて人と付き合ってるって、この前の居酒屋で」
一拍あいた後、「あー、あれかー!」と頭を抱えた羽賀さん。
「あれはさ、ちょっと色々あって成り行きで付き合ってる事にしちゃっただけで、実際は付き合ってないし、あの人彼氏いるし、俺も異性として見たこともない、です」
って、敬語になっちゃった、と言って、頭をかいて笑った。
「だから、つまり、時森さんの事が好きなんだ。恋人として、時森さんのそばにいたい」
どうしよう・・・。嬉しい。
さっき拭ったのに、また頬が濡れた。冬空の中、涙で濡れた頬がひんやりと冷えていくのに、胸の中はすごく熱くて少しも寒くなかった。
「俺の思い違いじゃなければ、なんだけど・・・、時森さんの返事は、恋人としてなら良いってことであってる・・・?」
一歩、近づく羽賀さんとの距離。手を伸ばせば触れられる距離。
羽賀さんの手が伸びてきて、涙を優しく拭ってくれた。
「私も、羽賀さんが好き。そばにいたい」
背の高い羽賀さんを見上げると、触れるだけのキスが落とされた。
離れてはにかむ好きな人のその後ろ、高い空から星が降ってくるようだった。
end......
「ひさしぶり」
やっと話せた私の好きな人。ステージが終わって、エリザの外で待ち合わせ。ビルの立ち並ぶ裏路地。ビルの隙間からは星がそこはかとなく輝いていた。
「お久しぶりです」
「今日のステージ、すごくよかったよ。素敵だった」
「ありがとうございます。でも・・・今日は、拍手してくれませんでしたね」
「えっ…知ってたの…?」
「酒井さん・・・・エリザのマスターから聞きました」
「うわ、ちょーはずい」
心底参ったような声で言う羽賀さんのそれは、精一杯の照れ隠し。ちょっと下をむいて頭をかくのは照れてる時の癖。
久しぶりに話すのに、羽賀さんの優しさも相変わらずで、あたたかいものが胸にこみ上げてくる。
「私、あの頃、歌もピアノもスランプで、すごい悩んでたんです。ステージに立つのも躊躇うくらい苦しくて苦しくて・・・・。やめたら楽になるかなーとか逃げるほうに考えてばかりいて」
そんな時に、私の歌に拍手を貰えて、続けてて良かったって。
「あの時、私は確かにあの拍手に救われました」
歌うことの意味を見いだせた。
誰かの心に届けたい。そんな音楽がやりたい。そう思わせてくれた。
「その拍手が羽賀さんだったって、実は今日知ったんですけど。すごく、嬉しかったです」
優しいまなざしで、ずっと話を聞いてくれていた羽賀さんが、口を開いた。
「それで、最後の曲」
「はい」
同じ曲を選んだ。『あなたのそばにいたい』という願いの込められた歌詞が印象的な曲。私の大好きな曲でもあった。
「恥ずかしながら、拍手したときの俺は失恋直後で・・・あの曲が身に染みたっていうか、すごい悲しい気持ちだったんだけど・・・、今日は、また全然違った」
どう違ったのか知りたくて、羽賀さんの言葉を待つ。
お互いの吐く息が、白く消えていく。
「時森さんの、そばに居たい」
それは、真っすぐに私に届いて、それからゆっくりと意味を伴って心に広がっていく。
あ、ダメだ。
そう思ったときには、涙が零れ落ちた。
「迷惑、だったら・・・」
「迷惑じゃないです・・・けど・・・」
「けど?」
「それって、友達として、ですよね・・・?」
谷津さんの顔が浮かんで、苦しい。
手の甲で涙をこすった。
「えっと・・・時森さんさえ、嫌じゃなければ、恋人として」
「え・・・、だって、彼女さんは・・・?」
もしかして、別れたの・・・?
「え?彼女?俺、彼女居ないけど・・・」
「谷津さんて人と付き合ってるって、この前の居酒屋で」
一拍あいた後、「あー、あれかー!」と頭を抱えた羽賀さん。
「あれはさ、ちょっと色々あって成り行きで付き合ってる事にしちゃっただけで、実際は付き合ってないし、あの人彼氏いるし、俺も異性として見たこともない、です」
って、敬語になっちゃった、と言って、頭をかいて笑った。
「だから、つまり、時森さんの事が好きなんだ。恋人として、時森さんのそばにいたい」
どうしよう・・・。嬉しい。
さっき拭ったのに、また頬が濡れた。冬空の中、涙で濡れた頬がひんやりと冷えていくのに、胸の中はすごく熱くて少しも寒くなかった。
「俺の思い違いじゃなければ、なんだけど・・・、時森さんの返事は、恋人としてなら良いってことであってる・・・?」
一歩、近づく羽賀さんとの距離。手を伸ばせば触れられる距離。
羽賀さんの手が伸びてきて、涙を優しく拭ってくれた。
「私も、羽賀さんが好き。そばにいたい」
背の高い羽賀さんを見上げると、触れるだけのキスが落とされた。
離れてはにかむ好きな人のその後ろ、高い空から星が降ってくるようだった。
end......