蜜色オフィス


「そろそろ戻ろうか。
夕飯、早川が行きたがってたホテルのディナー、予約してあるから」
「え……、え、こないだ雑誌見ながら言ってたところ?!
でも、宮坂、高いって言って乗り気じゃなかったのに……」


2週間くらい前、宮坂の部屋で話してた事を思い出す。

本屋に置いてあった無料の小冊子が、駅から近いグルメ特集だったから、持って帰ってきて宮坂の部屋で見た。
その時、何気なく『ここ行ってみたいかも』って言っただけだったのに……。

宮坂は、コーヒーを飲みながら『高いだけだろ』って冷たい返事だった。
……なのに。

歩きながらじっと見ると、宮坂は私を見て困り顔で微笑んだ。


「確かに、料理の割には高いと思うし、特に興味もないけど」
「でしょ? だったらなんで、」
「でも、早川が喜んでくれるなら高くはないから」



向けられた優しい微笑みのせいで、胸が苦しい。
こんなんじゃ、空気以外何も喉を通りそうにないから、目を逸らした。


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