十三画の聖約
階段を上がって左手にある自室のドアを開ける。
一日中閉めきっていた部屋の中は湿った匂いがして鬱陶しい。
一気に怠さが全身を襲って、私は迷うことなくベッドに潜り込んだ。
でもなかなか寝つけずに何度も寝返りをうっては枕元の携帯に手を伸ばす。まだ8時になったところだ。
静かな室内で、外から響く雨の音がやけに耳につく。
いっそのこと音楽でも聴くかと身体を起こしかけたとき、階段を上ってくる音がした。
雑事を終えたのであろう足音の主は私に気を使っているのか、とても静かに隣の部屋へ入っていく。
息を潜めて様子を伺えば、やがてとても小さな音が零れ始めた。
柔らかい、アコースティックギターの音。
何の曲だろう。それともただ鳴らしているだけなのかは雨の音が邪魔で分からないけれど、本当に微かに途切れ途切れの歌声も聞こえてくる。
お兄ちゃんはバンドを組んでいる。
専門学校で入っていたバンドサークルで知り合った3人の友達と。
結成したのが18の時だから、かれこれ4、5年になる。
バイトの傍ら、暇を見つけては4人で誰かの家に集まったり、スタジオを借りたり。時にはライブハウスで演奏もしているらしい。
まだまだ持ち歌少ないから、といつかお兄ちゃんが言っていたのを思い出した。
今はメンバーの好きなバンドの曲をアレンジして演奏する、所謂コピーバンドとして活動しているらしい。
地元じゃそれなりに人気なんだとか聞いた気もする。
お兄ちゃんは歌いながらギターを弾く、ギターボーカルというポジションだったような。
中学の時から音楽とギターをこよなく愛していたお兄ちゃんは、今でもギターに触れているときと歌っているときは幸せそうだ。
いつかメジャーデビュー、なんて大それたことを考えているのだろうか。
もしそうなったら、私はこの家に独りになる。
そう考えると無性に気持ちが落ち着かなくなって、私は強く目を瞑る。
そうしていつの間にか眠りに落ちていた。