十三画の聖約
「―――二酸化、マンガンっ、と」
「はぁい終了ー。」
放課後、小夜子に付き合ってもらって何とかレポートを仕上げた私は息をついた。
「疲れた」
「授業中寝なきゃいいの。」
下駄箱には雨の匂いが充満していて苦しくなる。
もう6月も終わるというのに相変わらず空は鈍色で、一昨日から降り続く雨が耳鳴りのように響いていた。
「あぁ、もう…髪が」
隣でぶつぶつと呟きながら小夜子が開いた折りたたみの傘は鮮やかなオレンジ色で、暗い風景に一瞬で色を添える。
自分の深い灰色のそれを見下ろして、私は溜め息をついた。
「溜め息」
「え?」
「またついてる。最近多いよ」
眉間にわざと皺を寄せて覗き込んでくる小夜子に、私も皺を寄せてみせる。
「……夕ごはん、何にしようかなって」
雨のせいだろうか。頭がぼーっとする。
道のそこここに出来た水溜まりを避けながら小夜子がうーん、と声をあげた。
「今日は凛子の当番?」
「うぅん、本当は明日なんだけど、あいつ今日いないから」
「お兄さん、元気?」
ぱしゃり、誤って水溜まりを踏みつけた。
ローファーが水を被る。
「さぁ?相変わらずって感じ」
それにしても今日の晩ごはんはどうしよう。今日はあいつの当番のはずだったから、何も考えてなかった。
冷蔵庫には何かあったっけ。雨が降ってるから、買い物には行きたくないんだけど。
「あたし和食がいい」
「そうだねぇ」
和食、和食か。
雨のせいか、私と小夜子の間に会話は少ない。
じゃあね、と彼女と家族の暮らすマンションの前で別れるまでそれは続いた。
なんだか今日はぼんやりする。