十三画の聖約
「俺、凛子はメシ作るの上手いと思うんだけどさ、」
静かな食卓。食事中にテレビをつける習慣は我が家にはない。
「『さ、』なに?」
ポロポロと零れやすい生地に気を付けながらりんごデニッシュを食べていると、向かいに座った奴が不思議そうにスープを眺めていた。
「ピーマンの入った野菜スープって、俺初めて」
「……ピーマン嫌いじゃないでしょ、お兄ちゃんは」
お兄ちゃん。人前では絶対そんな風に呼ばないけど、この大雑把なくせにスープの中のピーマンに突っかかってくる男は、正真正銘私の兄だ。
津嶋翔一、という名前で、今年23になる。
大学には行ってなくて、コンピューターだとかデザインだとかの専門学校を出てから本屋でアルバイトをしている。
ちらり、と壁に立て掛けられている黒い物体を見た。
黒いガサガサしたナイロンのそれには、お兄ちゃんが恐らく一番大切にしているであろうギターが入っている。
確か中古で、それでも10万程度のお金はかかった筈だ。
それも全額、バイト代で。
「……何?」
ずっと一点を見ている私を不審に思ったのか、空になったスープ皿を押しやりながらお兄ちゃんが伺うように私を見た。
「今日、バンドだったの?」
「うん。藤んち行く予定だったんだけど、やめた」
「いいの?」
「だって今日、木曜だから」
俺、メシ当番。と真面目な顔をして言うものだから、思わず笑ってしまった。