不機嫌に最愛
「萌楓。気を付けて帰れよ?……って、何でそんなに睨んでるの」
「……だって、」
“梓希先輩が好きだから”。
私の髪だけじゃなくて、私自身を見てほしいのに、……見てくれないから。
もう、ぐちゃぐちゃにこんがらがった気持ちは梓希先輩にしか解決出来ないような気がして。
八つ当たりだとわかっているのに、睨むことをやめられなかった。
何かもう、泣きそうだ……。
「……萌楓、」
名前を呼ばれ、梓希先輩の男性らしい骨ばった手が視界の端を横切った瞬間。
右耳に触れた指先が、顔を上向かせて。
……視界いっぱいに、梓希先輩がいた。
「……んっ、」
それだけじゃない、唇には冷たく柔らかい感触。
……それが、梓希先輩の唇だと気付いたのは、数十秒、もしくは数分後のことだったのかはわからないけど。
その感触が無くなり、超至近距離で私を見下ろす梓希先輩の視線に居たたまれなくなった時、やっと現状に気付いた。
「何、してるんですか……」
「萌楓は不機嫌だし、それに……もう我慢するのやめることにした」
「はぁ?」
全く会話が成り立ってない。
そもそも、言ってることの半分も意味がわからない。
「“わからない ”って顔してる。……大丈夫。今夜、全部わかるから」
(だから、待ってて)
最後の一言は、指先で髪先を弄びながらで。
どうにもこうにも、突然のことに固まってしまった私はなすがまま。
「じゃーな?」
淡く笑んだ梓希先輩は、何もなかったように店内へと消えてしまった。
取り残された私は、急に冬の寒さを肌に感じて心細くなり、ただ立ち尽くしていた。
「……一体、何が起こったの?」
梓希先輩のキスの理由がわかるのは、……今夜 。
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