【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~
授業には完璧に遅刻だが、優花にとっては、正直それどころじゃないというのが本音だ。
他の三人も同じ気持ちのようで、誰も、音楽室へ急ごうとは言い出さない。
すぐに晃一郎が階段の上に駆け上がり、周囲を確認したが、犯人が悠長にその場に留まっているはずもなく、
三時間目の授業時間に突入した廊下には、人っ子一人いなかった。
「痕跡も、まったくなし……か」
鋭い眼光で周囲を窺っていた晃一郎は、ため息混じりの呟きを落とすと、優花たちの居る踊り場まで戻ってきた。
「優花、犯人を見たのか?」
「ううん」
思案気な晃一郎に問われ、優花は素直に頭を振った。
姿を見るどころか、気配すら感じなかった。
「そうか……」
だとすれば、犯人を特定するのは難しい。
それこそ、心の中でも覗けない限り、至難のワザだろう。
この件が他愛無い悪戯か、それとも確固とした害意があるのか。
どちらにしても、多かれ少なかれ、優花に対して何者かが『悪意』を抱いていることは疑いようがない事実だ。