【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~

「優花ったら、起きなさいよっ!」


友人が自分を呼ぶ声に、ハッと現実に引き戻された優花は、呆然と声の主を見つめた。


少し癖のあるセミロングの黒髪と、小麦色の肌。


黒縁メガネの奥の意志の強そうな綺麗な二重の瞳が、呆れたように自分に向けられている。


「玲子……ちゃん?」


「玲子ちゃんじゃないよ。何、一時間目から居眠りこいてるのよ?」


「ほえ……?」


居眠り?


まだ、寝ぼけた思考が、現実に帰りきらない。


「ちょっと、大丈夫? なんだか顔色悪いよ?」


あ、そうか。


現国の授業を受けていて……。


「優花?」


「あ、ううん。平気平気。やだなぁ、ついついウトウトしちゃった」


まさか、リュウの心地よい声音に眠りに引き込まれたとは言えない優花は、『あははは』と、引きつった笑いでごまかした。


猫にカツオブシ。


こんな絶好の小説ネタを、玲子に提供してしまったら、後々面倒なことになるに決まっている。


幼なじみと海外留学生との間で揺れる、恋に悩めるヒロインの役になるのは、御免こうむりたかった。


あの手の話は、読む分には楽しいが、自分で演じるのは羞恥心の許容量を遥かに超えている。


それに、玲子のことだから、ドロドロでろでろの、ミステリーサスペンス仕立てにされてしまう可能性もなきにしもあらず、だ。


身近な人間と、ラブあまストーリーを演じるのも嫌だが、血みどろの復讐劇を演じるのは、もっと嫌だ。


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