S系紳士と密約カンケイ


 泥棒にしては、随分な美声の持ち主である。――いや、この場合、泥棒にしては随分と親切というか、紳士的であると言った方が正しいか――

 またしても間の抜けた感想を持った柚だが、しかしそれも仕方がない。

 この声で愛を囁かれた日には、腰砕けになるだろうこと請け合いの美声である。柚でなくとも、思わず聞き惚れてしまっていただろう。


「顔を打ったのか。見せてみろ」

「は……え?」


 床に落ちていた視線が、強制的に上向かされる。美声の持ち主が、柚の顎に指を掛けた為だ。


「っ……!」


 柚の視界に入ってきたのは、見ず知らずの男だった。吐息が掛かる程の至近距離で覗きこまれた柚は、その瞬間思わず息を呑んだ。

 銀の細いフレームの奥に見える涼しげな瞳に、スッと通った鼻梁、薄い口唇――一言で表すならば、紛れもない美形である。しかも滅多にお目にかかれないであろう極上の、だ。


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