S系紳士と密約カンケイ
「……おい?」
時間にすれば数秒のことだっただろう。うっかり今の状況も忘れ、目の前の男にただ見入っていた柚だったが、男の声にハッと我に返った。
「……どっ」
「ど?」
「泥棒……っ!」
「……誰がだ」
美声が幾分呆れたような響きをもって、柚の耳を擽る。
形の良い口唇は、柚を見て溜息を漏らすと、「その様子なら平気そうだな」と言って立ちあがった。
「あ、あの……っ」
泥棒でなければ誰なんだろう。
柚は恐る恐る顔面の痛みに堪えて立ちあがると、改めて男の姿を見据えた。
自分よりも頭一つ分以上は高い身長の男は、対峙しているだけでも威圧感がある。
仕事柄、有名人や政財界の要人と接することも少なくない柚だったが、目の前の男はそれらの人物に勝るとも劣らない存在感を示していた。
一度ごくりと唾を飲み込むと、警戒感を出しながらも、柚はどこか場にそぐわないような間の抜けた声を、男に向かって投げた。
「あなた……誰ですか?」