彼と彼女と彼の事情
〈2〉静寂の刻
マンションに近付くにつれ、微かな希望に胸が騒ついた。
もしかしたら……
隼人が先回りして、部屋に来ているかもしれない。
『何やってんだよ!遅いよ』と言いながら、私のおでこをコツンとこ突くかもしれない。
自然と、早足になる。
いつものように、マンションそばの住宅街の空き地に路駐(路上駐車)しているかもしれない。
急がないと!
――が、そこに隼人の姿はなかった。
辺りをキョロキョロ見渡したけど、やっぱり隼人の姿も車も見当たらなかった。
――…隼人。
落胆したまま、玄関のシリンダーに鍵を差し込んだ。
部屋へ入るなり、びしょびしょの服を脱ぎ捨て、頭から熱いシャワーを浴びた。
さっきまでの二人のやりとりが鮮明に思い出され、堪らなく胸が苦しくなった。
頭に浮かぶのは、これまでの隼人との思い出ばかり。
不思議と……
隼人の嫌なところは何も浮かんでこなかった。