彼と彼女と彼の事情
実家からでも十分に通える通勤距離だったから当初、両親は一人暮らしに難色を示した。
『安い初任給でやっていけるの?家賃や光熱費を払ったらそれでお終いよ』
それでも、自立を口実に両親を説得し、ようやく認められた一人暮らしだった。
千代田線乗り入れのある小田急線の東北沢に新居を構えた。
隼人の勤務先である霞ヶ関にも、乗り換えなしで一本で行ける便利な場所。
家賃が予定よりもオーバーしたけれど、隼人が少し援助してくれたから若い私でもなんとかやってこれた。
あの頃は、何もかもが、薔薇色の生活だった――…。
仕事帰りの隼人を待ちながら、夕飯の支度をする至福の時間。
新妻のような初々しさを噛み締めながら彼の帰りを待つ時間は、この上ない喜びだった――。