彼と彼女と彼の事情
「ごめん」
咄嗟に、隼人に抱かれていた腕を振り解き、すぐさまキッチンへと向かった。
「奈緒……?」
訝しげに、視線を送る隼人。
ダイニングテーブルの椅子に無造作に置いてあったバックに手を伸ばし、ファスナーに手を掛けた。
LVのパピヨンは、マチがあるものの、底が浅く、間口が狭い。
それに無理やり右手を入れ、探し当てようとするが、財布や免許証、手帳が邪魔してなかなか見つからない。
「痛っ」
ファスナーが右手の甲の部分に引っ掛かり、小さな擦り傷ができた。
赤く滲むそれを、唇に押し当てると、鉄の味がした。
「奈緒、どうしたんだ?」
隼人もようやく立ち上がり、こちらに近付いてきた。