彼と彼女と彼の事情
「ほら、これで顔拭けよ」
「いらない、そんなの!」
隼人に差し出されたボックスティッシュの箱を思い切り手で払い除けた。
ダッシュボードに当たると、そのまま足元に落下した。
「奈緒……」
ちらりと、私に向けられた視線を感じたが、振り向くことはできなかった。
この二人だけの空間に耐えきれなかった私は、
信号待ちの停車中、助手席のドアを開け、路上へと降り立った。
「――…ッ。奈緒、待て!」
私の腕を掴んだ、隼人の制止を振り切って……。
ザァーザァーと降りしきる雨の中、もちろん傘など持たない私は、頭から爪先まで瞬く間にびしょびしょに濡れた。
大きな雨粒が顔に突き刺さり、痛いほどに。
惨めで惨めで……。
こんなときに限って雨だなんて、どこまでもついてない。
ヘッドライトを照らしながら走る車の横を、たった一人、地下鉄の駅に向かって歩き出した。