彼と彼女と彼の事情
気が付けば、駅はもう、すぐそこだった。
「着いたな。奈緒、大丈夫か?だいぶ濡れたもんな」
「……うん。私は大丈夫だよ」
心なく、笑った。
JRと地下鉄への入り口を一瞥(いちべつ)した郁人は、再びこちらに向き直した。
「ここからどうする?」
「うん。このまま地下鉄で帰るよ。今日はありがとうね。
郁人もだいぶ濡れちゃったから風邪引かないようにしてね」
郁人のデニム地は、目で見て分かるほどに色が変わっていた。
自分が着ていたブルゾンを傘代わりに私の頭に被せたから、郁人は私よりも遥かにびしょ濡れだった。