彼と彼女と彼の事情
ようやく長いタクシーの列から解放され、暖房の利いた車内へと乗り込んだ。
行き先を告げ、走りだしたタクシーは、マンションまで15分とかからなかった。
その間、ずっと郁人は私の肩を支えてくれた。
「運転手さん、そこでいいです」
マンションに到着し、先にタクシーを降りた私は、郁人に礼を告げた。
「送ってくれて、ありがとうね」
「あぁ」
次の一歩が踏み出せない。
マンションのエントランスは目の前なのに……。
なんとなく一人にはなりたくなくて、車内に残る郁人に目で訴えた。
その視線に気付いたのか、郁人は運転手さんに支払いを済ませると、すぐさま私のところへ歩み寄った。
「濡れるから、さぁ行こう!」
郁人に肩を抱かれるようにしながらエレベーターに乗り、部屋へと向かった。