彼と彼女と彼の事情


ようやく長いタクシーの列から解放され、暖房の利いた車内へと乗り込んだ。 


行き先を告げ、走りだしたタクシーは、マンションまで15分とかからなかった。


その間、ずっと郁人は私の肩を支えてくれた。 


「運転手さん、そこでいいです」


マンションに到着し、先にタクシーを降りた私は、郁人に礼を告げた。 


「送ってくれて、ありがとうね」


「あぁ」


次の一歩が踏み出せない。

マンションのエントランスは目の前なのに……。


なんとなく一人にはなりたくなくて、車内に残る郁人に目で訴えた。 


その視線に気付いたのか、郁人は運転手さんに支払いを済ませると、すぐさま私のところへ歩み寄った。 


「濡れるから、さぁ行こう!」


郁人に肩を抱かれるようにしながらエレベーターに乗り、部屋へと向かった。 


< 90 / 300 >

この作品をシェア

pagetop