彼と彼女と彼の事情
びしょびしょに濡れた洋服を玄関前で振り払うも、あまり意味のない動作だった。
部屋の明かりを点けると、すぐに暖房のスイッチも入れた。
長時間、家主が留守だった部屋は凍えるほどに冷えきっていた。
「寒いね。とりあえず着替えよう。
このままじゃ、二人共、風邪ひいちゃうから。ちょっと待ってて」
寝室のタンスから、隼人が着ていた下着やTシャツを手にした。
一瞬。ほんの一瞬だけ、躊躇った。
「ごめんね。こんなので悪いんだけど、いいかな?」
恐る恐る、着替えを郁人に差し出した。
「俺、別に大して濡れてないからいいけど。
……なぁ、これって兄貴の?まだ残ってたんだぁ」
「あっ、うん。……ごめん」
「別に謝ることないよ。
でも、俺、マジでいいわ。奈緒だけ着替えてこいよ。俺にはタオルだけ貸してくれたらいいから」
「わかった」
短く頷くと、そそくさと部屋をあとにした。