ワイルドで行こう

 窓の向こうは、遠く海が見えた。白波をひきながら進むフェリーにタンカーが明かりを灯して、茜と紺碧の夜空が溶けあう内海をゆく。
 外からガラガラとシャッターが降りる音がする。暫くすると玄関が閉まる音も。
「お待たせ」
 作業着姿の彼が戻ってくる。だけれど、日暮れたばかりの薄暗い部屋の真ん中に、琴子が佇んでいるのを見て驚いた顔。
「なんだ、灯りぐらいつけてもいいのに」
「海と空が見えて綺麗だったから」
 彼がちょっと呆れた顔をしたが、すぐに微笑むと暗いまま琴子の側に来てくれる。
「遅くなってごめんな」
「ううん。私も残業が続いていたでしょう。出かけるまで一日ゆっくり休めたから、大丈夫」
 そっと背中から抱かれた。長い腕が琴子の身体をぎゅっと抱きしめる。そして耳元にいつもの口づけ。
「今日もまた……これ、俺が好きそうなの着ているな」
 ふわふわとしたシフォンのブラウス。黒地に白い水玉模様、胸元はふんわりリボンのボウタイブラウス。それに白いスカートを合わせてきた。そのふんわりリボンを、早速、英児がほどいてしまう。
 本当に迷いがなくて、手が早いって……。しかも彼の手は素手ではなく、薄汚れた整備用の手袋。それで琴子のブラウスのリボンをゆっくり堪能するかのように引っ張ってほどいている。それどころか、やっぱりすぐに琴子の顎を捕まえて強引に唇を塞がれてしまうし……。でも。彼のこと責められない。琴子もすごく待っていた。だから薄闇の中、すぐに彼に抱きついて同じように彼の唇を愛した。
「……琴子」
 はあ、と切なそうな彼の吐息。それが徐々に荒くなって、それにつられるかのように英児の手が琴子の乳房に触れたのだが……。
「はあ、だめだっ。流石にこのまま琴子を抱けないわ。シャワー浴びてくる」
 彼が離れる。
「いいのに。私、貴方なら平気」
 むしろ、今度は琴子が思う。『熱気の中、働いて働いてくたくたになった男の身体の匂いはどんなもの?』なんて。ちょっとドキドキしてしまうあたり、もうなんだかこの男にやられちゃっているんだなと呆れてしまうほど。
「いや、身体じゃなくてさ。こっち」
 そして琴子の目の前で、整備用にはめていた手袋を取った。外の灯りで手だけが明るく見えるところで、彼が琴子にそれを見せた。……爪先が黒かった。指も爪の中も、油でべっとり。
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