ワイルドで行こう
 桜、満開の夜を迎えていた。
 見合いか。仕方ないか。ジュニア社長が言うことも一理ある。そうとも思った。
 もう最初から恋をするのも、新しく出会うのも仲を深めていくのも、積み上げていくのも、もうヘトヘトという気分だった。
 結局今日も暗くなってからの帰宅。走る車が減っていく郊外への帰路。自宅に向かいながら、琴子は見合い写真の封筒を抱え、溜め息をつくばかり。
 
 実家も仕事も男も。ここ三年でひどく琴子を疲れさせすり切らせていた。
 結婚に逃げる訳じゃない。ただ、この状況現状から抜け出したい。果てしなく続く閉塞感に変化をつけるのは、やはり『新しい出会い』ではないかと思うのだ。
 だけれど。時間も精神力もない。だからリスクを避けようとすると、こうした身元が分かっている見合いが一番安心できるのではないだろうか。
 琴子だって――。若い頃から、見合い結婚より恋愛結婚。本当に熱い恋をして大好きな人と結婚することを夢見てきた。でも――今の琴子は孤独感に打ちひしがれている。母がいるが、母ではダメなのだ。どんなに母が愛してくれても。何故ならその母が琴子より疲れ切っているから。
 また、泣きたくなってきた。母の寂しそうな姿が痛々しく、そして全てを汲み取ってやれない『自分のことだけで必死な娘』でしかいられないことに。
 
 この見合い写真をみたら、知ったら、母も少しは喜んでくれるだろうか。
 ――いやいや。琴子は首を振る。まるで結婚が決まったかのような気分になっていたが。会ってみて話が駄目になったら、また母ががっかりするのではないか。黙っていようか、どうしようか。
 うつむいて歩く靴先に、はらはらと舞う薄紅の花びらがどこまでもついてくる。
 
「こんばんは」
 考え事の帰り道。唸りながら歩いていると急に話しかけられ、琴子はハッとして顔を上げる。
「良かった。また昨夜ぐらい遅い時間のご帰宅かと思った。今日は早かったんだな」
 息が止まる。目の前にあの黒いスカイライン。
「待っていたんだ」
 そして同じく作業服姿の煙草の男がそこにいる!
< 11 / 698 >

この作品をシェア

pagetop