ワイルドで行こう
「あんたは組織で上手く立ち回るのは無理だから、一人でちゃんと生計たてて、自分の場所をしっかり確立させておきなさいってね。遺産だっていわれた。だから俺、この店のここに住処もくっつけた。俺が帰る場所を作ったと知ったら安心するようにして逝っちまったよ」
 煙を吐くと、煙草を灰皿にもみ消し、英児はまた窓辺遠くの海を探している。
「で……さ、その時なんだけどさ……」
 急に歯切れ悪くなる英児。彼の抱き寄せる腕の力が少し緩んだ気がして、琴子も不思議に思い彼を見上げた。やはり琴子を見ず、彼は遠くを見ているだけ。
「言いたくないなら、いいんだけど」
 彼の隣で、琴子は静かに返した。なんとなく、言いたいこと解ってしまった。
「やっぱ。このベッド、俺の部屋には不自然だったか」
 気がついていた。それとも琴子が気にしている顔を見せてしまっていたのだろうか。彼が抱き寄せる腕の中、今度は琴子が固まった。
「母ちゃんが死ぬ前、俺、婚約していた女がいたんだよ」
 やっぱり、いた……! しかも婚約までしていた!
 琴子の勘が、いや、女の勘が当たっていた。では、やはりこのベッドは彼女と? 龍星轟が出来て、彼女と愛し合ったベッド? 彼女と選んだベッド?
 言葉にしなくても、琴子の見開いた目がそれを物語っていたのだろう。英児が慌てる。
「いや、その。そうじゃなくて」
 それを琴子に悟られたと察知した英児が、琴子を捕まえるようにきつく抱き寄せる。
「いいのよ。だって、私だってこの前まで彼がいたんだもの。貴方にだって恋人ぐらいいてもおかしくないじゃない」
 互いにいい歳。互いの過去を気にしてどうするのか。
 だけど琴子の半年前に別れた彼とは違うものを感じた。英児にとっては、何年も忘れられなかった婚約者ということになる。しかも未だにその時のダブルベッドを使っていて……。
< 121 / 698 >

この作品をシェア

pagetop