ワイルドで行こう
「気分悪くしたなら謝る。でも、ここで女と寝たのは琴子が初めてだから。その女以来、俺、マジでつき合った女いないから。ほんとなんだよ。だから俺も五年ぶりぐらい。だから琴子にちょっと食らいつき過ぎちゃってさ」
「そんな、気を遣ってそんなこと言わなくてもいいのよ。だって彼女の匂いなんてもうないでしょ」
「ねえよ。もう昔のことだろ。忘れた」
でも、英児の中では残っているのかもしれない。きっとその女性は『自分と似た匂いの女』のような気がした。だって英児の嗅覚がとらえた女性なら……。
「ていうか。その女とここに住む前に、しかも母ちゃんが死ぬ前に、いろいろあって別れたんだよ。だからベッドも未使用。式場も結納の予定も予約も全てキャンセル。破談ってやつ」
今度はもっと驚いて、琴子は英児を見た。
「どうして」
式場も結納も? そこまで予定が決まっていて何故? 思わず聞いてしまい、はっと我に返る。
そしてあのはっきりきっぱりしている英児がなにやら口ごもって、また目を逸らしてしまった。
「なんだろ。男と女で惹かれ合うのと、家族が関わる結婚は違うってやつだよ」
「反対されたってこと?」
彼が、元ヤンキーの、まだ店も軌道に乗っていない自営業者だから?
でも英児が力無く呟いた。
「俺の母ちゃんと、上手くいかなかったんだ。いや、その、婚約したほどだから、元々母ちゃんも彼女を気に入ってくれて仲良かったんだけど。その、いろいろ、あって」
はっきりとした原因があるはずなのに、それが言えないようだった。
それがとても言いにくそうで。きっとそれだけ口にしたくないことなのだろう。
なんでも堂々としている彼の、そんな思い出すのも苦しそうな姿が痛々しくみえてしまう。
そんな英児が最後にはっきり言った。