ワイルドで行こう
そしてこの土曜も、琴子は英児の龍星轟宅へ向かう。
「行ってきます」
「遅くなるなら、連絡しなさいよ」
「はい」
いい大人である娘がひとまずきちんと帰ってくるので、母もあまりうるさくは言わない。
いや、一度だけ。『けじめ、ちゃんとしておきなしさいよ。大人だから多くを言わなくてもわかるわね』とビシッと釘を刺された。それがだらだらしたお付き合いにしないことだったり、あるいは順序が逆にならないようにしなさいとか、もしくは万が一逆になっても泣くようなお付き合いで終わらないよう、その時はけじめをつけられるようにしておきなさいなど、そんなことだろうと琴子は思っている。ただ母には『彼には結婚が決まった人がいたのに、よくわからないけど辛い別れをした過去があるようだから、不用意に結婚のことは言わないで』と、英児が再度の招待で夕食に来る前、母に前もって伝えてはいた。だから、母も本心は『最後はけじめをつけてくださいね』と英児にほのめかしたかっただろうに、それを言わず触れず、英児が気に入っている明るく気さくなお母ちゃんに徹してくれたのが娘の琴子にもちゃんと通じてきた。
年頃の娘ならば、またそれもハラハラするだろうけど。大人になった娘だからこそ、判断は委ねても、『ここでまた躓いたら、もう後がない』なんて心配もしてくれているのだろう。
急に現れた娘の恋人。それは母を助けてくれた男性。故に母は気に入っているだろうけど、そこは母としては複雑な心境のようだった。
「英児君に、よろしくね」
「うん」
見送ってくれた母を後に、今日の琴子は、紺のポロシャツに、ベージュのサブリナパンツ、そしてスニーカーで出かける。いつもよりラフな格好で。
今日も日射しが強い、夏真っ盛り。シャワシャワ賑わしい蝉の大合唱の道を歩いて、琴子はいつも通り、空港行きの路線へ向かう。