ワイルドで行こう
店の前にいる琴子の目の前、そこへ素晴らしいハンドルさばきで、ぐんぐん方向転換をさせバックで停まった。
運転席にいる矢野さんが、一瞬、英児と重なった。レトロな幻が現れる。サングラスにリーゼントのようなオールバック、そしてすごい柄模様のシャツを着ていたレトロなヤンキー男。その昔、このおじ様はそんな風貌だったのかもしれない。
矢野さんが、バンと運転席のドアを閉めて出てきた。
「この車のこと。アールサンニイて言うんですか」
「おう。日産スカイライン八代目。R32GT-R。通称R32」
何故か、矢野さんが得意気な笑み。そしてやっぱりおじ様もにっこりした笑みでそのルーフを撫でる。
その男達の顔。この店の男達のその愛おしそうな顔。それを琴子は知りたいだけ。そのままでいいから。ずっと車を愛して良いから。でも教えて。なんでそんな顔をするのか。
だが恐れていたことは起きる。
ガレージから、案の定、英児がやってきたのだ。
「専務、なにするつもりなんだよ」
あの英児が本気で怒っている顔。流石に琴子もヒヤッとする。
「姉ちゃんがここの仕事を覚えてみたいだって」
え、そこまで言っていないけど! 矢野さんが言い出したことに、琴子はびっくりして言い改めようとしたのだが、隣にいる矢野さんが意味ありげに琴子に着せた上着の裾を引っ張って、目配せをしてくる。
「琴子、なんのつもりだ」
戸惑う英児が琴子を見たのだが、彼に問いただされる前に、矢野さんが遮ってしまう。
「まあ、いいんじゃねえの。『新入社員を雇う』予行練習だと思えばさあ」
にやっと、からかうように矢野さんは笑ったのだが。英児がぎらっとした目線を返してきた。
師匠も負けない。ガンを飛ばす『弟子』に同じくギラリとしたガンを飛ばしている。
似たもの師弟の間に、火花が散った。
その時、琴子も感じ取った。『あ、もしかして。私、矢野さんに利用された?』と。
師弟はなにやら『別問題』で対立しているようだった。