ワイルドで行こう
14.この姉ちゃん、やる気ある。嫁にしろ。
矢野さんが、スカイラインのルーフを『ぼん』と軽く拳で叩いた。
「車のことをよく知らないヤツには触らせられねえって、お前のその度量の狭さをいま見たぜ。お前の可愛い姉ちゃんが触るのもダメなら、お前以下の男にも触らすなんてとんでもねー話ってわけだよなあ。つーことは、お前がこの店で最後の整備士で終わっても良いってことだよなあ」
言われ、英児が何かにおののき、ぐっと黙らされた顔を見せた。
弟子が怯んだその隙を師匠は見逃さない。そこにすかさずねじ込む為か、矢野さんは自分より背が高い英児へと一歩ぐいっと詰め寄る。
「自分以下の部下がこの店にはいない。事務員の武智以外は、清家も兵藤もお前が気に入って引っこ抜いてきた先輩だもんなあ。こんなぬるい状態で、ゆったり余裕の社長様。お前、この安定感はお前の経営力だけじゃない、支えている整備士の安定感もある、或いはお前より大人だからよお、お前を泳がせ黙って我慢してくれることだってあるんだよ」
「そ、そんなのわかっている。でも、今はそんな時期じゃないと思っている。うちは大きくはないんだから、なるべくリスクは減らしたい。一人雇うのだって人件費が――」
だが、矢野さんは『はあ?』と馬鹿にした眼差しを、英児の顎の下から上へとぐいっと差し向ける。ぞんざいな、その威厳の振りかざし方。琴子もどきどきはらはら怯えている。元祖ヤンキーのおじ様なら、ガンガンバシバシ、恐れずに英児をメッタメタにするのではないかと。
「よお、店長。もう一度言うぞ。よく聞けよ。『いいよな。彼女が車を触っても』。可愛い彼女が車を綺麗にしてくれると思えばいいだろうよ。お前の車だぞ。客の車の方がいいか?」
英児の口答えは無視、皆無。彼が社長の顔で根本的な理由を述べたところで、師匠としては『それがどうした。それより、こっちが大事だろ!』とねじ伏せようとしている。琴子の額に滲んでいた汗がひんやりと別の汗へと変わっていく感触。そして俯く英児の苦渋の表情。
「いや、俺の車で」
琴子はびっくり。矢野さんの一喝で、英児があっさりと琴子が車を磨くことを許してくれた。