ワイルドで行こう

「言っておくけどよ、英児。俺だってな。なーんにもできねえ、『鶏冠(トサカ)だけ立派なヤン坊』だったお前が、あれやったりこれやらかしたり。どんなに腹立って怒鳴り散らしても、お前にやらしてきたつもりだがねえ」
 ……なるほど! 琴子にも見えてきた。
 英児は店長だけれど、まだ『人材を育てる』という事をしたことがないのだと。それを矢野さんが『そろそろやれ』と言っている。
 だけれど英児の場合、車に対しては『完璧にしたい』という心構えは頑固で頑なすぎるから、ちょっとの失敗がある可能性は徹底して排除してきた。それがまだ仕事が出来ない自分より若い従業員の雇用を避けること、あるいは、育てる手間を避けてきたこと。客に引き渡す車は、徹底した整備で常にピカピカでパーフェクトでありたい。それが龍星轟のプライド。でも、新人を雇ってそれができなかったら? きっと英児はそれが我慢できないのだろう。
 この問題。矢野さんは『そろそろ考えろ』とアドバイスしていたのに対し、英児は『まだ今はいい』と流していたのかもしれない。
 そこで琴子が現れ――。車の運転も出来ない女が『車を触りたい』と言い出した。浮かれた気持なのかどうか、それを確かめ、矢野さんが琴子をこの作戦に引き込んだのは? ある程度は『まあ動機はともかく、使える』と認めてくれたのだろうか?
 ともかく――。琴子は再度認識する。『私は、矢野さんの作戦に利用された』のだと。
 だが、これは良いバランスが取れた『ギブアンドテイク』だと思った。矢野さんと琴子の利害が一致しているということ。
「店長。私、出来ないのはわかっているけど、一生懸命、覚えますから」
 『英児さん』ではなく、従業員でもないのに『店長』。
 流石に英児が面食らった顔。矢野さんには滑稽な茶番に見えたのか、必死に笑いを抑えている。
 だが、英児もキャップのつばをぐっと降ろして、師匠そっくりの仕草。目線を隠して、ぼそっと言った。
「矢野専務に教えてもらって。出来上がったら俺に見せて」
「わかりました」
 琴子の目は見てくれなかった。でも、任せてくれた……。

< 139 / 698 >

この作品をシェア

pagetop