ワイルドで行こう
「それで。そのショップの姉ちゃんと相談してこれ選んだから。着てくれよ」
 自分のことが分かっているスタッフが選んだという言葉でバッグの中にある弁償用のコートが『どんなコート』か琴子には判ってしまう。もし予想が当たっていたら『絶句もの』。そんなことあってはならない。
 だが迷っていると、業を煮やした彼が『チ』と舌打ちしながら琴子へと近づいてきた。
「いいから。なにも気にしないでこれ受け取ってくれ」
「困る、本当に困る! だって、もしかして、このコートって。あのショップで私を接客してくれた彼女と選んだってことでしょ」
 すると彼も琴子に何かを気づかれたことを悟ったのか、バツが悪い顔になった。だからこそ、彼が慌てるようにして琴子の手を強引に取りバッグを持たせた。
 強い勇ましい力だったので琴子も逆らえず、そのままバッグを握ってしまう。その途端、彼もすぐに背を向けて車へと戻っていってしまう。
 流されるまま。こんな『良い思い』をするわけにはいかない。だから琴子は彼の背を追いかけ叫んだ。
「困る、だってこのコート。私、昨日の汚れたコートと迷いに迷って諦めた……あれよりずっと高い……」
「しらねーよ!」
 追いついた琴子に彼が乱暴に言い返してきた。また琴子はビクッと怯えてしまう。
 そうしたらまた、彼も『しまった』と申し訳ない顔に崩れた。
「俺はそれで良いと思ったから。それに……似合うな、っておもったからさ」
 え……。なんだか急に照れくさそうに口ごもる人。そして居心地悪そうに琴子から目を逸らして。
 居たたまれなくなったのか、彼が運転席のドアを開けてしまう。
「待って。あ、ありがとう」
 返したら怒鳴られそう。受け取るまで怒りそう。それだけ俺が真剣に買ってきたんだからって。だから琴子も折れた……。
 すると彼がやっとホッとした顔。火をつけたまま指に挟んで持っていた煙草をスッとまた口に銜えた。真っ黒なスカイラインのルーフにふっと煙を吐くと、そこに頬杖をついて、急に琴子をじいっと見つめて動かなくなる。そんなに真っ直ぐ見つめられ、琴子も居たたまれなくなる……。それによく見ると目鼻立ちはっきり、睫毛は長くて黒目が大きくて、けっこういい男? 
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