ワイルドで行こう

「おはよう。悪いな、今日も」
「ううん、大丈夫。今日は冷やし中華。頑張ってね」
「美味そうだな。うん、行ってくる」
 ここが二階の自宅なら、すぐに飛びついてくる彼だけど。今は仕事中。きっぱりした背中でドアを出て……。ううん、やっぱり来てしまう。英児が事務所へのドアをパタリと閉め、琴子がいる階段の上がり口までやってきた。いつも通り……。階段の壁に腕を付いて琴子を囲って、強い押しのキスをしてくれる英児。琴子もそっと目をつむる。荷物で両手が塞がっているから、なにもかも英児にお任せにして。
「じゃあな。あとで」
 彼の唇が少しだけ離れる。
「うん。待っているね」
 それだけ聞き届けた英児に、また唇を塞がれてしまう。いつまでも一緒に唇から奥の奥まで愛し合う、短時間でも濃厚な。そろそろ火照ってきて、胸元から二人だけが知っているいつもの匂いが立ちのぼりそうな……。
 ねえ、きりがない。だって、私もいつまでもこうしていたくなるから。
 そう言わなくちゃ……と思った途端に、またそれが通じて聞こえたかのようにして、英児から離れていった。ドアを開けて事務所へ、滝田店長の真っ直ぐな背が消えていく。
 琴子が一人だけ。ちょっと火照った頬と身体の芯をじんわり熱くした余韻を堪能する。小さく甘い吐息をそっとこぼす。
「さあ、私も」
 ここは彼の職場であって自宅。上手く切り替えて過ごすことも、慣れてきた近頃。

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