ワイルドで行こう

 そんな店長自らの、ちょっとした手ほどきを受けた夕だった。
 もうすぐ店を閉める時間。整備士がピットを片づけたり、武智さんが事務所を掃除したり。琴子も手伝っていると、外仕事の整備士達が事務所に続々と戻ってくる。
 最後は滝田店長を筆頭とする店じまいの挨拶を兼ねたミーティングがある。売り上げに、その日の注意点に反省点などなど。一日を皆でまとめるべく話し合う時間だった。
 それが始まると、琴子はすっと事務所裏のドアへと消えていくことにしている。そこは従業員の時間だから、首はつっこまない。そして二階自宅で英児の帰宅を待つ。そのパターンだった。
 なのにこの日。琴子が二階自宅へのドアノブに手をかけた途端、滝田店長に呼び止められた。
「琴子、ちょっといいかな」
 何事かと不可解に思いながら、でも琴子は滝田店長に呼ばれたそのまま、従業員が店長に向かって一列になっているところへ。一番端に武智さんがいる隣に並んでみたのだが、何故か皆が笑い出してしまう。
「あ、従業員じゃないのに。私、ここに立っちゃ駄目……だった?」
「従業員じゃないんだから。店長の隣でいいんだってば。もう店長が店先では冷たい顔をするから、琴子さんすっかり遠慮しちゃって」
 笑う武智さん。そして矢野さんまで。
「そうだ。琴子はさ。タキの嫁さんみたいに構えていたらいいんだからよー」
 また出た。矢野さんの、結婚を急かす親父みたいな嫁さん扱いが。でも、それも最近はよくからかわれることで、整備員の清家さんも兵藤さんも笑っている。
 しかしそこで何故か、矢野さんがとても落ち着きなくうずうずしていた。
「英児、早く。琴子にみせてやれよ」
 そしてそれは琴子の隣にいる武智さんも同じで。そして目の前にいる店長の、英児まで。

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