ワイルドで行こう

 それを英児に知らせると、やはり『悪いなあ……』と戸惑っていたが。『でも。食事が終わって、俺の家でくつろいだ後、琴子すぐに眠ってしまうだろ。せっかくぐっすり眠っているのに、帰る時間だぞ――と、起こすのが可哀想でもあるんだよな。俺だってお前と朝まで眠りたい』。それも俺の気持ち、本心でもあると英児は言った。これまで英児は、どんなに夜中でも大内宅まできちんと琴子を送ってくれていた。だが、英児も琴子と同じ。母を独りにすまいと案じながらも、母の遠回しの許可を免罪符にしてしまったよう。昨夜は琴子を起こさずにそのままそっと眠らせてくれたようだった。
 オレンジをつまみ頬張りながら思う。それは琴子も同じ。このままずっと一緒にいたい、眠ってしまいたい。彼と朝を迎えたい。しかも気怠くぐったりとした朝を。それがいま、叶っている。
 英児も熱いコーヒーを一杯、自分で作って持ってくる。そして一緒に冷えたオレンジを頬張って笑顔を交わし合う。
 複雑な心境ではあっても、やはり『二人で迎えた初めての朝』は幸せ。英児もその気持には敵わないようで、もう何も言わなくなる。
 気持が切り替わったのか、英児はもう違うことを考えているとばかりに、琴子の傍で飲んでいたコーヒーカップをことりとベッドテーブルに置いた。
「琴子、いま、残業がきつそうだな。いつまで続くんだよ」
「うーん、お盆まで。夏商戦のラストスパートでいろいろ受注が多い時期なの。そろそろ静かになるはずなんだけど」
 月初めからまた残業続き。英児が迎えに来てくれるが、すぐに家に帰してもらっていた。だからこそ。この週末は二人とも離れがたかった――。だから泊まる気持に、泊める気持に傾いてしまったのだろう。
「あのさ。その盆が終わるまで、俺の店を手伝わなくていいから。もう今日はここに居てもいいから、ゆっくりしてろ」
 途端に神妙な顔つきになる英児。
「でも」

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