ワイルドで行こう
シートベルトをしている時に、英児がガレージにいる矢野さんを見ながらふと溜息をついた。
「親父なんだよ。琴子が頑張りすぎるから、一緒に休んでやれって半休を勧めたのは」
それを聞いて、琴子はとてつもなく驚き固まった。
「そうなの。だから英児さん、私に『休め』と言い出したの?」
「いや、俺もそろそろ『力抜こうぜ』と言おうとは思っていたんだよ。でもさ、俺も琴子がどう考えているか、わかっちゃうんだよな。琴子がすげえ頑張り屋で頑張っちゃう女だって。ひとまず気が済むまでやらせてから、タイミングを見て息抜いてもらおうと思っていたんだよ」
琴子の胸を、なにかが貫いていく――。それはやっぱり恋するまま大好きになってしまった彼と一緒にいたいと年甲斐もなく周りが見えなくなっている自分に気付かされたことや、そんな自分を穏やかに見守ってくれていたおじ様にお兄さん達が遠回しに気遣ってくれていたことや。そして何よりも、まだ付き合って間もないはずの恋人が既に『私のこと、よく知っている、見ている理解している男性』であったこと。それが涙が出るほど嬉しくもあって……。
「あの、そんな気を遣われるほど頑張っていたつもりなくて。でも、ごめんなさい」
だけれど、英児もシートベルトを装着しながら笑っている。
「ごめんなさい、なんて言う程のことか? つーか、それが琴子だろ。初めて見た時だって疲れ切った顔で徹夜明け、慣れない暑さの中無理すんなと止めても、草引きやり遂げて。そんでもって最後は、俺の車を全部磨くと言い出してきかなくて。あの頑固な矢野じいまで巻き込みやがって」
ゼットにエンジンがかかる。
「それが琴子だって。そんな琴子に俺は惚れたんだと思っているから」
ハンドルを握った英児がアクセルを踏む。日曜の午前、龍星轟から銀色のゼットが青空の下飛び出した。