ワイルドで行こう
「そちら様も。お店の評判をよく耳にします。念願のお店も繁盛されているようでなによりです。おめでとうございます」
まったく同じことを互いに同じ分だけ祝っておしまい。英児はそれ以上はなにも話しかけず、そして海藤店長はしゃんとしたまっすぐな姿勢でこのショップを出て行った。
何故か、同時に。ここにいる三人がほっとした一息をついたので、思わず三人で顔を見合わせてしまう。最初に笑ったのは英児だったが、何故か言葉が出ない様子で……。それを素早く悟ったのも、場慣れをしているのだろうかショップ店員の彼女だった。
「お、お知り合いだったのですね。海藤店長と」
そして何も言えないでいる琴子はどきりとする。『元婚約者』だなんて言えないだろう英児がどう反応できるのかと。
「うん。同級生」
笑ってさらりと答えたので琴子はびっくりしつつも、『婚約者の彼女じゃなかった? 勘違いだったのか』と困惑した。
「同級生……でしたか」
「うん。店長になりたいと言っていたのを覚えているだけ。だいぶ、前の話だよ」
「あー、やっぱり。海藤店長は本当に仕事ができて、素晴らしい販売員なのですよ。ほんと私たちのお手本なんです。以前から、きちんと向上心をお持ちだったのですね」
と、ショップの彼女が言うのだが。ちょっとぎこちない笑みで取り繕っているように琴子には見えてしまった。だがそれは、サインを終えた英児も同じように感じたようで、何故か苦笑いを浮かべていた。
「変わっていないんだな。完璧主義すぎて突っ走るところがあるから、周りとうまくやっているか……なんて俺も思うんだけどね」
英児のその言葉で、ショップの彼女が『ぎくり』と一瞬たじろいだのを琴子も見逃さなかった。そして英児はさらに苦笑いを見せる。
「ふうん、やっぱり未だに手厳しそうだな。彼女らしい。俺と似てるからわかるんだよ。俺も最近だけれど、師匠に『譲れないものには完璧を求めすぎて、度量が狭い』ていわれたばかりで」
「えー。滝田様のような事業も安定されている経営者の方でも、そんなこと言われるんですか」
「言われるよ。いつまで経っても。まあ、言ってくれる親父がいるだけ俺はまだマシでね……」
そこで黙ってしまう英児の表情が曇った。『俺はマシ、でもあいつのことは心配』。そんな顔に見えてしまい、琴子の胸がにわかに痛んだ。