ワイルドで行こう
デパートを出て、銀色のフェアレディZが中心街から海へ向かっている途中。やっと市街を抜けるところで信号待ち。やはり英児は、ゼットに乗ってから黙りこくっていた。そして琴子もそっとしてあげることしかできない。それとも無理に明るく盛り立てたらいいのだろうか?
――『ピッピッ』。
クラクションの音に琴子ははっとする。待っていた信号が既に青。先頭で停車していたゼットはまだ発進もしていない。
「英児さん、青」
ハンドルを握ってぼうっとしている彼の腕をそっと掴んで知らせる。
「あ、ああ」
ギアを片手にクラッチとアクセルを踏み、ゼットが走り出す。
走ることが好きな彼にしては、珍しいミス。そこでやっと英児も我に返ったようだった。
「やっぱ俺、すげえ動揺しているな」
正直に言ってくれるだけまだマシ。逃げも隠れもしない英児の正直すぎる性分が逆に痛みを広げているようで、琴子が泣きたくなってしまう。
「無理もないわよ。『帰ってきた』とか言っていたわよね。ずっとこの街にいなかったけど、帰ってきていてびっくりしちゃったんでしょ」
彼が致し方ない微笑を浮かべ、正直にこっくりと頷いた。
「別れるとき、あいつ阪神のショップに転属することになって。あっちの方が都会だろ。ここらの地方でトップ販売員を目指すなら、やっぱり大阪か神戸の売り場に立てること、そこのショップに選ばれることなんだよ」
「でも……。婚約していたなら、彼女もこの街で英児さんと暮らすつもりだったのでしょう」
深く長いため息を英児が漏らす。やはり言いにくそうで、前方に視線を固定して運転しているものの、その頬が引きつっているのを琴子も見てしまう。