ワイルドで行こう
彼女が脆く崩れて、子供のように駄々をこねて。大人としてのけじめを忘れ、英児に無茶な条件を突きつけて困らせ。それでも選んでくれると信じていた女の気持ちが目に見える。
でも……。琴子には何故か、千絵里という女性の気持ちの方が痛いほどわかってしまう。恋人の英児よりも。そんな女の気持ちが。――わかっている。子供っぽいと。でも嘘でもいい、『いいよ。お前のためならなんだって捨てて、お前と一緒にいることを選ぶよ。なによりも、どんなものよりも』、『お前が一番だから』。嘘でもいいから、そう言ってほしかったんだと思う。一度でもそう言ってくれたら、こんな子供っぽい喚きを改めて、いつもの『英児が愛してくれた千絵里』に戻れたに違いないって。
ごめんなさい。英児。私……。どうしよう、彼女の気持ちがわかってしまう。
そう言いたいけど、言えなかった。とても、とても。
だけれど。英児が出した答えも男としても社会人としても正しい。大人ならば英児が出した答えを選択するだろう。冷静になって考えれば、自分たちが家庭を築こうとしたその店も自宅も、自分たちだけではない家族や先輩の力を借りて成り立とうとしていたのだから。
感情的になって後に退けなくなった女の意地と、冷静に理論的に社会的立場を優先することを譲れなかった男の意地が、とことんすれ違った。そう見えた。
「それで。最後が『これからずっと一緒に生きていける私より、死んでいく母親を選んだ』と罵倒されてそれっきり」
琴子は目を覆いたくなる。それは英児には絶対に言ってはいけなかった言葉ではないか……と。あの完璧そうなやり手の千絵里さんだからこそ、わかっていたはずなのに。そこまでやり尽くしてしまった彼女に、共感してしまった琴子が目を覆いたい。決して本気ではない『売り言葉に買い言葉』というだけのことだろうが、それでも人として『言ってはいけない』ことと、そこをぐっと我慢してこそ他の言い分も相手に聞き入れてもらえるだろうに。まさかその一言を決定打にしてしまうとは、あまりにも残念すぎる。