ワイルドで行こう
「母ちゃんは、店が完成しても一年ぐらい準備期間として空けておいてもいいのでは。千絵里のところに行ってやれと言ってくれたんだけどな。母ちゃん自身も『もう長くない老体よりも、これから共に生活する伴侶』だって」
「え、待って。お母さんと上手くいかなくなったのに、お母さんはそんなことを言ってくれたの?」
英児が黙ってしまう。
「悪い。ちょっと、気分が悪くなる……んだ」
本当に胸を大きく上下させて、あの英児が落ちつきなく呼吸を乱していたので琴子は硬直する。
「……うん。もう、いいから。だいたいわかったわ。そうね、そう。私たちにはもう関係ないものね」
「悪い。琴子……。俺も今でもよくわからなくなるんだよ。あれだけがよくわからないんだ、今でも」
割り切れないことが世の中にはある。でも英児はすっぱり割り切って迷いなく進む男。この車のように、まっすぐに前を見て走っていける。でも、だからこそ『いつまでも割り切れない過去』が英児の心にべったりと貼り付いて剥がれないまま。それがこの種の男には非常に気持ち悪いものなのだろう。
「今日はもう出かけなくていいから、帰ろう。ね、英児さん。私、お昼ご飯作るから。流星轟でゆっくりしましょう」
こんな状態で、楽しめるはずもなく。それよりも、琴子よりずっと昔から英児を知っている『親父代わり』である矢野さんの傍に帰した方が良いような気がしたのだが……。
「嫌だ。意地でも漁村のおっさんのところに行く。琴子と日曜のランチって飯を食って仕事する」
しゃきんと背筋を伸ばし、いつもの頼もしい横顔に戻りアクセルを踏む英児。ゼットが進む速さで迷いを振り切るように。
でも琴子は英児にお願いした。
「お願い。ちょっとだけ車をどこかに停めて」